上塩沢村(読み)かみしおざわむら

日本歴史地名大系 「上塩沢村」の解説

上塩沢村
かみしおざわむら

[現在地名]田島町塩江しおえ

下塩沢村の西、檜沢ひさわ川北岸の平坦地と背後山地に立地。東部と南部(檜沢川沿岸)には水田が広がる。内城うちしろ薬師堂やくしどう坂町さかまちなどの中世の館跡にかかわると考えられる地名が残る。もとは下塩沢村とともに塩沢村一村であったが、江戸時代初めに分立。南山御蔵入領高野組に属する。明暦元年(一六五五)の針生郷定免之並帳(大竹家文書)に村名がみえ、高二九五石余。延享三年(一七四六)の御廻国様御案内帳(田島町史資料集)でも同高、反別田一八町一反余・畑一三町四反余、家数四三・人数一六二、馬一三。宝暦八年(一七五八)の会津郡大沼郡人別牛馬改帳(阿久津家文書)では家数三四・人数一三五、馬一五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む