すべて 

上奈良部村(読み)かみならぶむら

日本歴史地名大系 「上奈良部村」の解説

上奈良部村
かみならぶむら

[現在地名]鹿沼市上奈良部町

くろ川左岸の段丘上に位置し、南は下奈良部村、東は上石川かみいしかわ村、西は日光奈良部につこうならぶ村。もとは下奈良部・日光奈良部とともに一村。文永年間(一二六四―七五)三村に分れたとも伝えるが(北押原郷土誌)、応永二九年(一四二二)五月一五日の日光山座主慈玄御教書(輪王寺文書)に奈良部郷とあり、分郷の時期は定かでない。慶安郷帳には奈良部村が二筆みえ、寛文四年(一六六四)の「寛文朱印留」には上・下の奈良部村の名がある。元禄郷帳には上・下・日光の各奈良部村の名がみえることから、慶安(一六四八―五二)の頃までに二村に分れ、その後寛文四年までに上下の名称が付され、元禄(一六八八―一七〇四)の頃に下奈良部村から分れて日光奈良部村ができたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

すべて 

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む