上宮地村(読み)かみみやじむら

日本歴史地名大系 「上宮地村」の解説

上宮地村
かみみやじむら

[現在地名]櫛形町上宮地

桃園(ももその)村の西、櫛形山東麓の市之瀬(いちのせ)台地末端の急斜面に立地し、根方に属する。北境を塩沢(しおざわ)川、南境を深沢(ふかさわ)川がいずれも東流する。南東方に下宮地村(現甲西町)があり、近世以前は下宮地・上宮地両村を合せて宮地と称し、宮路とも記した。村名は下宮地村の三輪(みわ)明神(現神部神社)の山宮である八幡宮の所在地であることに由来(甲斐国志)。曹洞宗伝嗣(でんし)院があり、天正一七年(一五八九)一一月二三日、伝嗣院は伊奈忠次より「上宮地郷内」に三七俵二斗五合の寺領を安堵されている(「伊奈忠次寺領証文」伝嗣院文書)。慶長六年(一六〇一)の検地帳(県立図書館蔵)では田一五町二反余・畑一五町一反余。慶長古高帳では高四〇〇石余、幕府領、ほかに伝嗣院領六石余・耕雲(こううん)院(現耕雲寺)領二斗余・八幡宮領二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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