日本歴史地名大系 「上尾久村」の解説
上尾久村
かみおぐむら
下尾久村の西、荒川(現隅田川)南岸の沖積地にある。かつては下尾久村と一村で、上・下に分れたのは正保年間(一六四四―四八)頃とされる(風土記稿)。これより前、寛永二年(一六二五)三河以来の御手鷹師である阿部正勝に「上尾久村」一一〇石、羽田正重に同村二三石余、斎藤吉勝に「奥村」一九石余が宛行われ、ほかに加藤則勝に「越具村」八八石、大屋正利に「奥村」一九石余が宛行われた(記録御用所本古文書)。正保四年の尾久村御検地帳(荒川区立荒川図書館蔵)には尾久村と上尾久村が混在して記載される。同検地帳は写本でかつ上尾久村の鷹匠拝領地に限定されており、誤写や作成者側の混乱の可能性もある。上尾久村と下尾久村にはともに
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報