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上田寅吉 うえだ とらきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上田寅吉 うえだ-とらきち

1823-1890 幕末-明治時代の造船技術者。
文政6年3月10日生まれ。伊豆(いず)戸田(静岡県)の船大工。津波で沈没したロシア使節プチャーチンの乗船の代わりに,安政元年同地でロシア人の指導のもとに西洋式帆船をつくる。文久2年榎本武揚らとオランダへ留学。維新後,横須賀造船所初代大工士となった。明治23年9月12日死去。68歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

上田寅吉

没年:明治23.9.12(1890)
生年:文政6.3.10(1823.4.20)
幕末明治期の造船技術者。伊豆国君沢郡戸田村(静岡県田方郡戸田村)の生まれ。安政1(1854)年ロシア使節プチャーチンの乗船の洋式帆船ヘダ号の建造に加わった船大工。安政2年長崎海軍伝習所が開設されると蒸気船製作習得の命を受け入所し,さらに文久2(1862)年から慶応3(1867)年まで榎本武揚,肥田浜五郎らと共にオランダに職方(技術担当)として留学し,西洋の造船術を学んだ。開陽丸で帰国し,榎本武揚に従い箱館戦争に参加したが,明治3(1870)年明治政府に出仕,横須賀造船所(のち横須賀海軍工廠)で造船技術者として,軍艦天城,清輝などの多くの艦船製造に従事した。戸田村立造船郷土資料博物館に彼を顕彰した「大工士碑」がある。伝統的な船大工から出て近代造船技術を習得し,わが国造船技術の発展に大きく寄与した。<参考文献>日蘭学会編『幕末和蘭留学関係史料集成』正・続

(菊池俊彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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