上総村(読み)かんさむら

日本歴史地名大系 「上総村」の解説

上総村
かんさむら

[現在地名]松山市上総町(かずさまち)

松山市域の東北端に近い山村。高縄(たかなわ)山塊の西南部にあたり、三〇〇―五〇〇メートルの山地が連亘し、高原状を呈する。人家は渓谷に沿ってわずかに存在し、大部分は草原と山林に覆われている。東は湯山(ゆのやま)村、西は小屋(こや)村、南は湯山村、北は梅木(うめのき)村に接する。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の風早(かざはや)郡の項に「上総村 芝山有、林少有」とある。


上総村
かんさむら

[現在地名]天理市上総町

石上(いそのかみ)村西方に所在。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に「上総庄(中略)本四石三石六斗 大乗院御供米」とみえ、「国民郷士記」には「上総甚三郎 同甚助」の名を記す。応永二二年(一四一五)一二月に興福寺別当経覚が維摩会丁衆出仕のため寺領下司公文に白布を課した時上総からは一反出している(経覚私要鈔)。

慶長郷帳の村高二六五・七一石。うち七五石は旗本山口直友領、二二・三二四石は古田織部正領、ほかは幕府領(代官間宮三郎右衛門)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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