上郡陣屋跡(読み)かみごおりじんやあと

日本歴史地名大系 「上郡陣屋跡」の解説

上郡陣屋跡
かみごおりじんやあと

[現在地名]上郡町上郡

相模小田原藩および尼崎藩が赤穂郡内の飛地領支配のために上郡村に置いた陣屋跡。宝永五年(一七〇八)赤穂郡内五五ヵ村、総高一万八千二〇〇石余と佐用郡・飾西(しきさい)郡・印南(いなみ)郡・加西郡・多可(たか)郡など七〇ヵ村二万五千一九〇石余が小田原藩領となり、延享四年(一七四七)まで続くが(以上「赤穂市史」)、同藩の飛地支配については不明な点が多い。ただ赤穂郡内支配のために上郡陣屋(位置は不明)が置かれ、奉行・代官が配置されていたことが確認できる(「小田原藩年貢免状」与井新村文書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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