上野元黒門町(読み)うえのもとくろもんちよう

日本歴史地名大系 「上野元黒門町」の解説

上野元黒門町
うえのもとくろもんちよう

[現在地名]台東区上野うえの二丁目

上野北大門うえのきただいもん町の北、下谷広小路(上野広小路)の西側にあり、町屋一部は同東側にある。古くは下谷村の一部であったが、寛永三年(一六二六)に東叡山寛永寺の門前町屋として起立した。寛永寺の総門は黒く塗られていたので黒門とよばれ、その門前左右の町屋なので上野黒門町と称した。のち南方に上野新黒門町が起立したため、上野元黒門町と唱えるようになった(文政町方書上)。西は池之端仲いけのはたなか町・下谷御数寄屋したやおすきや町、北は上野仁王うえのにおう門前町と不忍しのばず池。正保江戸絵図には大僧正だいそうじよう町とある。延宝年間(一六七三―八一)には広小路の左右に町屋があった(沿革図書)。天和二年(一六八二)に類焼した際、不忍池沿岸の町屋を削って幅四間の道路が造られた。この道は夜は木戸を閉じて通行を許さず、また車も禁止された。元禄一〇年(一六九七)には広小路拡張のため東側の土地長さ四七間余が収公され、代地として新黒門町西側南続きを拝領したが、翌年類焼、再び召上げられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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