上野台町(読み)こうずけだいまち

日本歴史地名大系 「上野台町」の解説

上野台町
こうずけだいまち

[現在地名]横手市城南(しろみなみ)町

横手城東南下の台地で、北は内堀、西は土塁を隔てて上根岸(かみねぎし)町、南は土塁を隔てて下方に千手(せんじゆ)沢(清水(しみず)沢)が西流し、東は山地。町西端の土塁が横手城の本丸南下に続く辺りが旧小野寺氏居城時代の追手口朴坂(ほうのきざか)と考えられている。地名の起源は、寛永元年(一六二四)元宇都宮城主本多上野介正純とその子出羽守正勝を預けられた佐竹義宣が、横手の城代須田美濃守盛秀に預け、城の三の丸に相当する高台に居館を新築して幽閉し、正勝は寛永七年五月、正純は同一四年二月に没し、ともにこの高台の東端に葬られたことに由来する(「横手古今大番帳目録」横手郷土史資料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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