下三永村(読み)しもみながむら

日本歴史地名大系 「下三永村」の解説

下三永村
しもみながむら

[現在地名]東広島市西条さいじよう町下三永

西条盆地の東南に位置する。三永川が東の上三永かみみなが村から西の田口たぐち村に流れ、田口村境で八淵やつふち(現在は貯水池)になっていた。北の助実すけざね村・御園宇みそのう村との境にある山(四五七・七メートル)は比較的急峻であるが、南は緩やかな山裾が広がり、その南に福成寺ふくじようじの谷が続く。中世まで上三永村とともに三永村と称され、福成寺や荒谷氏・田坂氏・勝屋衆ら土豪の所領があった(→上三永村。「芸藩通志」は当村内に居を構えた土豪として生竹・寿重・打田などの諸氏をあげる。

村高は元和五年(一六一九)の八八九・八五六石(安芸国知行帳)から、宝暦一〇年(一七六〇)三・七石余の新開が高に入った以外に変化はなかった(明治三年「郷村高帳」広島大学蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む