下八ヶ新村(読み)しもはつかしんむら

日本歴史地名大系 「下八ヶ新村」の解説

下八ヶ新村
しもはつかしんむら

[現在地名]高岡市下八ヶ・守護町(しゆごまち)一―二丁目

小矢部川と千保(せんぼ)川の合流点、守護町村の南方に位置し、対岸は高岡木(き)町。村名は八(はつ)ヶ用水の下流にあたることに由来する。貞享元年(一六八四)の村立て。延宝元年(一六七三)に五十里(いかり)村庄助・内島(うちじま)村孫六・金屋本江(かなやほんごう)村(現小矢部市)金右衛門・宮丸(みやまる)村(現砺波市)兵九郎が新開畠直主付を命じられ、礪波(となみ)郡三日市(みつかいち)村(現福岡町)で小矢部川から取水し、二上(ふたがみ)村まで約一四キロの用水造成計画を立てた(「金沢御用留享保十六年」川合家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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