下初狩村(読み)しもはつかりむら

日本歴史地名大系 「下初狩村」の解説

下初狩村
しもはつかりむら

[現在地名]大月市初狩町下初狩

真木(まぎ)村の西、笹子(ささご)峠の東麓、東流する笹子川の渓谷沿いに位置する。甲州道中が走り、下初狩宿がある。「甲斐国志」は枝郷に藤沢(ふじさわ)をあげる。中世には当地から笹子川上流の黒野田(くろのた)村辺りまでを初狩とよび、初狩はのちに上・下・中に分立、さらに上初狩は黒野田、阿弥陀海道(あみだかいどう)(吉久保)、白野(しらの)の三村に分れたとされる。また「甲斐国志」によると、集落はもと笹子川の北岸にあったが寛文一二年(一六七二)の霖雨で民家が流失して以後南岸に移住、北岸の旧地は古宿(ふるじゆく)とよび、枝郷の藤沢も北岸にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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