下地村(読み)しもじむら

日本歴史地名大系 「下地村」の解説

下地村
しもじむら

[現在地名]豊橋市下地町

豊川右岸にあって吉田よしだ宿と対する。中世渡津わたつ庄に属すという。「下地町誌」に「往古ヨリ下河地郷ト云、応永年中下地村と改ム」とある。仁治三年(一二四二)頃豊川の流路が変わり、小坂井こざかいより下地の間に「渡津の今道」ができて旅人の増加したことが「東関紀行」にみえる。

堀勘入著「参河故事」などによると、永正三年(一五〇六)松平長親、享禄二年(一五二九)松平清康が今橋城(吉田城)を攻め、永禄七年(一五六四)下地合戦で三度目の今川方との攻防があり、この時松平方は聖眼しようげん寺の太子たいし堂に本陣を置いている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む