吉田大橋(読み)よしだおおはし

日本歴史地名大系 「吉田大橋」の解説

吉田大橋
よしだおおはし

吉田城郭の西北角、関屋(せきや)から豊川をまたいで対岸の下地(しもじ)に架かる。橋の起源は元亀元年(一五七〇)頃吉田城主酒井忠次の時架けた土橋といわれる。天正一八年(一五九〇)池田輝政が下流の船(ふな)町に移して木橋とし、以後修理と架橋が三〇回繰返された。幕府直轄工事として、東海道では武蔵の六郷、三河の矢矧(やはぎ)(岡崎市の→矢作橋)、近江の勢多(せた)とともに重要な橋であった。

貞享五年(一六八八)作製の東海道吉田宿町筋絵図によれば、長さ九五間半・幅四間である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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