下宅原村(読み)しもえいばらむら

日本歴史地名大系 「下宅原村」の解説

下宅原村
しもえいばらむら

[現在地名]北区長尾町宅原ながおちようえいばら鹿の子台北町かのこだいきたまち一―八丁目・鹿の子台南町かのこだいみなみまち一―五丁目

塩田しおた村・草下部くさかべ村の西にある有馬ありま郡の村。村域北部を長尾川が東流。慶長国絵図には長尾川・有馬川合流部西に当村とみられる「下村」が図示されるが、高の記載はない。元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳に玄蕃(有馬豊氏)知行の宅原村がみえ、高一千六五石余とあるが、このなかには上宅原村も含まれたとみられる。慶長六年(一六〇一)に三田藩有馬則頼領、翌七年則頼の子で丹波福知山藩主有馬豊氏領となり、元和六年まで同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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