下小田井市(読み)しもおたいいち

日本歴史地名大系 「下小田井市」の解説

下小田井市
しもおたいいち

枇杷島青物市場ともいう。慶長一六年(一六一一)徳川家康が上洛の途次、枇杷島川(庄内川)を渡って小田井に至った時に渡船の命を受けた市兵衛・九左衛門に新興都市名古屋を対象とした市を設けるよう勧め、両人は同一九年に至って問屋業を始めたが、立地条件がよかったことから漸次同業者が増えた(西春日井郡誌)。初期に問屋が六軒あったので六軒町の名が生れたが、江戸末期には三八軒となった。天和二年(一六八二)以降、毎年年末に運上銀三八〇匁を上納した(徇行記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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