日本歴史地名大系 「下市郷村」の解説 下市郷村しもいちのごうむら 兵庫県:姫路市旧飾磨郡地区下市郷村[現在地名]姫路市市之郷町(いちのごうちよう)一―四丁目・市之郷・日出町(ひのでちよう)一―三丁目・若菜町(わかなちよう)一―二丁目・市川橋通(いちかわばしどおり)一―二丁目・京町(きようまち)一―三丁目・宮西町(みやにしちよう)一―四丁目・神屋町(かみやちよう)一―六丁目飾東(しきとう)郡に所属。市(いち)川下流の右岸に位置する。下市之郷村とも書く。市郷の村名はかつて市場があったことに由来するという。天正四年(一五七六)の播磨府中めぐり(智恵袋)には、市川の西に古くから忍熊(おしくま)村があったが、大市(おおいち)の市を移して市ノ郷村と改名、天正年間頃は家数一三〇余であったと記されているが、大市の市を移したとの説は検討を要する。天正六年には市ノ郷頭民阿部次郎太夫が惣社(射楯兵主神社)領の請作をするが、年貢を納めなかったため、翌七年六月に惣社側二九三人が与力して忍熊森(市ノ郷村)に押寄せた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by