下杉村(読み)しもすぎむら

日本歴史地名大系 「下杉村」の解説

下杉村
しもすぎむら

[現在地名]合川町下杉

北流する阿仁あに川中流域、上流上杉かみすぎ村、現在大野台おおのだいとよばれる台地の西麓に位置する。天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡知行目録写(秋田家文書)に「八拾壱石四斗一升一合 下杉宮村」とある。戦国期を通じ嘉成氏領で、天正初め頃安東(秋田)氏に包摂される。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には上杉村の内下杉村と記載される。寛政六年(一七九四)の六郡惣高村附帳では当高二九二石余で、ほとんどが蔵分。享保一五年(一七三〇)戸数は六六軒(六郡郡邑記)、文化一二年(一八一五)の「秋田風土記」には一一〇戸とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む