下柱田村(読み)しもはしらだむら

日本歴史地名大系 「下柱田村」の解説

下柱田村
しもはしらだむら

[現在地名]岩瀬村柱田はしらだ

上柱田村の東、なめ川南岸の丘陵に立地。須賀川から会津への道が通る。畑田はただ村境の跡見塚あとみづか古墳群一帯は近世畑田村との境壇として利用、また秣場として入会相論地でもあった(安政二年「秣場出入返答書」福島県史)。もと上柱田村と一村であったが近世初期に分離。白河藩より引渡し長沼領村高(同書)に下柱田村とみえ、高一千四六石余。寛文一三年(一六七三)検地では高一千九九石余(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

顔や四肢に特有の紅斑がみられる疾患で,伝染性紅斑の俗称。パルボウイルスの感染によって年長幼児,低学年児童に好発し,乳児や成人には少ない。1〜2週間の潜伏期ののち突然発疹が出る。発疹は両ほおに対称的に生...

リンゴ病の用語解説を読む