下横野村(読み)しもよこのむら

日本歴史地名大系 「下横野村」の解説

下横野村
しもよこのむら

[現在地名]津山市下横野

東北条(とうほくじよう)郡に属し、南は東南条(とうなんじよう)郡紫保井(しぼい)村、西は同郡東一宮(ひがしいちのみや)村。天正二年(一五七四)六月二日毛利輝元は福田玄蕃助に対し、勲功の賞として「横野村百貫」を加増している(「毛利輝元宛行状」美作古簡集)。

元禄一一年(一六九八)以後も津山藩領。正保郷帳では田方五八七石余・畑方一五九石余、元禄一〇年の美作国郡村高辻帳では一千二二石余、うち改出高二一三石余・開高六二石余。文政元年(一八一八)の津山領郷村帳では上組・下組に分れ、上組五一二石余・下組五一〇石余、天保九年(一八三八)の津山領郷村帳では一千四六石余。「東作誌」では一〇四戸・四三〇人、天保九年の津山藩領郡村記録では上組六〇戸・二五八人、下組四九戸・一七八人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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