日本歴史地名大系 「下津川村」の解説 下津川村しもつがわむら 岡山県:苫田郡加茂町下津川村[現在地名]加茂町下津川東は因州智頭(ちず)郡早稲野(わせの)村(現鳥取県八頭郡智頭町)、西は成安(なりやす)村・公郷(くごう)村、南は勝北(しようぼく)郡津川原(つがわら)村(現津山市)・同郡奥津川(おくつがわ)村(現勝田郡勝北町)、北は知和(ちわ)村・河井(かわい)村・物見(ものみ)村に接し、津川川右岸に位置し、耕地はわずかに加茂川と津川川の合流地域に開ける。正保郷帳に高一六六石余、うち田方一四三石余・畑方二三石余とある。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高三九石余・開高一三石余。「東作誌」では本田畑高一九〇石余・新田畑高一三石余・新開田畑高五石余で、家数二四・人数七七。天保九年(一八三八)の津山藩領郡村記録では家数二四・人数一〇二、牛一二。 下津川村しもつがわむら 和歌山県:日高郡印南町下津川村[現在地名]印南町美里(みさと)切目(きりめ)川中流右岸にある。西は印南原(いなんばら)村、南は古井(ふるい)村。慶長検地高目録によれば村高一四六石余、小物成一・三七一石。宝暦一〇年(一七六〇)の切目組大指出帳(「日高近世史料」所収)によると田畑一一町七反余、家数二三で内訳は庄屋・肝煎各一、御役家一三、無役家八、人数九二、牛五、井堰一。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by