下野寺村(読み)しものでらむら

日本歴史地名大系 「下野寺村」の解説

下野寺村
しものでらむら

[現在地名]福島市下野寺・野田町(のだまち)・野田町一丁目・同六―七丁目・東中央(ひがしちゆうおう)・西中央(にしちゆうおう)・南中央(みなみちゆうおう)・北中央(きたちゆうおう)

八島田(やしまだ)村の南に位置し、西は笹木野(ささきの)村、南は荒川を隔てて八木田(やぎた)村・仁井田(にいだ)村。北西方に庭坂(にわさか)村・上野寺村・笹木野村に囲まれた飛地がある。北方の街道北(かいどうきた)と清水之内(しみずのうち)を東西に板谷(いたや)峠越の米沢街道が通る。天文七年(一五三八)の段銭古帳では、当地と笹木野は「御はんの所」のうち「大た」として把握されていたとみられ、段銭は六貫四〇〇文。同一四年一〇月一日の伊達晴宗安堵状(関文書)によれば、信夫(しのぶ)庄のうち竜成院分「下野寺之内嶋在家壱間」などが関帯刀に安堵されており、同在家跡の鶴島(つるしま)には環濠遺構が現存する。天正一四年(一五八六)三月二五日の伊達政宗のものと推定される充行状(伊達家文書)では、下野寺のうち「中屋ち一宇」が佐藤孫壱郎に与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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