下野部村(読み)しものべむら

日本歴史地名大系 「下野部村」の解説

下野部村
しものべむら

[現在地名]豊岡村下野部

天竜川下流域の左岸に位置し、北は上野部村。中世野部郷の遺称地。正保郷帳に村名がみえ、田方三一六石余・畑方三五石余、寺社領合計一八石余。幕府領。元禄一一年(一六九八)旗本皆川領となり幕末に至る(金井家文書・旧高旧領取調帳)

元禄郷帳によると高四二八石余。幕末に天竜川の河川敷を開発して四石四斗七升余の新田ができた(野部村誌)。嘉永四年(一八五一)の家数が九三(「下野部村外三ヵ村入会山規定証文」合代島区有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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