下阿波村(読み)しもあわむら

日本歴史地名大系 「下阿波村」の解説

下阿波村
しもあわむら

[現在地名]大山田村下阿波

猿野(ましの)村の西に位置する。東南に布引(ぬのびき)山地の高峰笠取(かさとり)山(八二八メートル)に続く山々を控え、北西部を流れる阿波川に沿って耕地が開け、条里制に関連する八(はち)ヶ坪(つぼ)の地名と、斜交条里の地割の遺構が残っている。古道は西の広瀬(ひろせ)村の三谷河内(みたにこうち)より奥馬野(おくばの)村を経て、八ヶ坪に出て阿波神社の下辺りを通ったと考えられる。伊賀街道は広瀬村の三谷より阿波川の北岸の峡谷道を通り、当村の西北部下山(しもやま)に出て、川を渡り猿野村に入った。この通称岩伝(いわづたい)の道は正保国絵図にもみえるからかなり早く開削されていたと考えられる。俊乗房重源の「伊賀国所々山々切掃往反人令平安(中略)嶮悪所々悉作直止人畜歎」(南無阿弥陀仏作善集)という事実に相当する道と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む