下鴨川村(読み)しもかもがわむら

日本歴史地名大系 「下鴨川村」の解説

下鴨川村
しもかもがわむら

[現在地名]社町下鴨川

東条とうじよう川の支流鴨川の中流に位置し、北は上鴨川村中世は鴨川のうちに含まれていた。慶長国絵図に「下かも川」とみえる。慶長一〇年(一六〇五)三月二九日の加東郡下鴨川村庄屋百姓中訴状案(清水寺文書)によると、鴨川の百姓が鴨川山で薪を拾ったとして、清水きよみず寺の坊主衆二〇〇余が当村の家々を打破るなどしたという。これに対し、同年五月一一日の清水寺書上(同文書)では下鴨川百姓による清水山への押領が論じられているが、こうした山論は中世以来のものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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