下黒瀬村(読み)しもくろせむら

日本歴史地名大系 「下黒瀬村」の解説

下黒瀬村
しもくろせむら

[現在地名]雄和町下黒瀬

雄物川左岸、北に楢田ならだ(現秋田市)、西に八田はつた(現秋田市)が隣接する。藩政前期は「戸嶋郡内黒瀬村」(出羽国油利郡内高目録)、「川辺郡黒瀬村」(出羽国由理郡郷村高辻帳)とよばれたが、のち、内越うてつ郷にも同じ村名があるため下黒瀬村と改めた。慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)羽根川はねかわ郷の一村としてある。

寛永二年(一六二五)の油利之内修理大夫様御知行御検地帳免定之目録写に「豊島郡羽川黒瀬村」とあり、高五二二石六斗三升一合、物成三一三石余、免は六ツ。正保三年(一六四六)の出羽国油利郡内高目録には「旱損所、川有、柴山有、新田有」と記される。


下黒瀬村
しもくろせむら

[現在地名]富山市布瀬町ぬのせまち

神通川右岸に位置し、北は布瀬村。江戸初期は加賀藩領、万治三年(一六六〇)の領地替で富山藩領となる。明暦二年(一六五六)の村御印留では草高二五石、免三ツ六歩。


下黒瀬村
しもぐろせむら

[現在地名]京ヶ瀬村下黒瀬

阿賀野川右岸にあり、北は深堀ふかほり村、東は上黒瀬村近世は新発田藩岡方組の十四ヶ村組に属し、寛文七年(一六六七)と推定される御領内見分之書付(貴船家文書)に家数一六・人数一六五とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android