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並河誠所 なみかわ せいしょ

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美術人名辞典の解説

並河誠所

江戸中期の儒者。京都の人。名は永、字は宗永のち尚永、通称は五市郎。並河倹斎の長子で兄は天民。伊藤仁斎の門に学ぶ。博学で知られ、掛川・川越藩に仕えた。地理志を友人関祖衡と撰した。著書に『山城志』『山和志』『河内志』『和泉志』『摂津志』『擬集古録』がある。元文3年(1738)歿、71才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

並河誠所 なみかわ-せいしょ

1668-1738 江戸時代前期-中期の儒者。
寛文8年生まれ。並河天民の兄。伊藤仁斎(じんさい)にまなぶ。遠江掛川,武蔵川越両藩儒をへて江戸でおしえる。のち伊豆(いず)の三島にうつり,友人関祖衡の遺志をつぎ官撰地誌「日本輿地(よち)通志」(畿内(きない)部)の編集に従事した。元文3年3月10日死去。71歳。京都出身。名は永。字(あざな)は宗永,尚永。通称は五一郎。別号に五一居士。著作に「中臣祓旁観」「擬集古録」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

並河誠所

没年:元文3.3.10(1738.4.28)
生年:寛文8(1668)
江戸中期の儒学者。名は永,字ははじめ宗永のち尚永,通称五一郎。誠所は号,別号五一居士。山城国紀伊郡横大路村(京都市)の豪農の家に出生。父宗弥,母は永田氏,天民は弟。幼時より京都市中に移住。元禄4(1691)年天民と共に伊藤仁斎に入門,古義学を学ぶ。11年遠江国掛川藩(静岡県)藩儒となり,宝永1(1704)年武蔵国川越藩(埼玉県)藩儒に転ずる。致仕してのちは江戸に,晩年は伊豆国三島(静岡県三島市)に住む。天民の遺文集『天民遺言』を編集したが,その下巻に当たる『疑語孟字義』は,天民の弟子平巌春貞の遺志を継いで,誠所が仁斎著作の批判を完成した書。また友人関祖衡の遺志を継いで『日本輿地通志』を編集し,そのうちの『五畿内志』をまとめた。金石学の先駆的存在である。

(三宅正彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の並河誠所の言及

【伊豆国】より

…その後,幕府の滅亡により,伊豆は68年韮山県,71年足柄県,76年静岡県に編入された。 伊豆の近世文化は,伊藤仁斎門人の並河誠所(1668‐1738)が晩年の享保年間に三島宿に漢学塾を開いたことに始まる。ここに学んだ豪農の子弟の中から地方文人が輩出し,安久村の秋山富南(1723‐1808)は1800年(寛政12)《豆州志稿》を編んだ。…

【五畿内志】より

…五畿内の地誌。1734年(享保19)2月,関祖衡,並河永(誠所)らにより編纂された《日本輿地通志畿内部》の略称で,漢文で記す。全61巻。それぞれの国について,建置沿革,範囲,道路,形勝,風俗,祥異,また,郡ごとに,郷名,村里,山川,物産,神社,陵墓,寺院,古蹟,氏族,文苑の項に分かって記述し,最後に,その国の簡単な地図を添えている。五畿内に関する最初の総合的地誌であり,当時の交通路や社寺についての記事は,現在でも利用価値が高い。…

※「並河誠所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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