日本歴史地名大系 「中之宮村」の解説 中之宮村なかのみやむら 富山県:高岡市旧礪波郡地区中之宮村[現在地名]高岡市戸出町(といでまち)三―五丁目戸出町の西に位置し、村内を祖父(そふ)川が北流する。西は油屋(あぶらや)村。南端を北陸街道(巡見使道)が東西に通る。村名は千代(せんだい)(現砺波市)に上の宮、油屋(あぶらや)に下の宮があり、当村の神明社が中の宮といわれていたことによるという。また一説に、馬市(ばいち)(場市)川と祖父川の間に鎮守を祀り、中之宮と称したことによるともいう(戸出町史)。元和五年(一六一九)の家高新帳に戸出又右衛門組に属して「あふらたん之内中宮」とみえ、役家数一三。寛永九年(一六三二)の古高五三九石余、うち四六二石余は青山豊後、四九石余は津田勘兵衛、二七石は浅賀権介の知行地で、ほかに新開高二八石余は御蔵入であった(「古高新開指上高物成帳」川合家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by