日本歴史地名大系 「中之郷元町」の解説 中之郷元町なかのごうもとまち 東京都:墨田区旧本所区地区中之郷元町[現在地名]墨田区東駒形(ひがしこまがた)三丁目・吾妻橋(あづまばし)一―二丁目中之郷成就寺(なかのごうじようじゆじ)門前の東方、出羽松山藩酒井氏屋敷の北にある。町域は数ヵ所に分れて散在し、おおよそ東は小梅(こうめ)代地町・中之郷八軒(なかのごうはちけん)町、西は中之郷如意輪寺(なかのごうによいりんじ)門前など、北は中之郷瓦(なかのごうかわら)町など。もとは葛飾郡中之郷村の内で、百姓商家などができており、中之郷草創の場所であることから元町と称された。寛文一〇年(一六七〇)には郡代伊奈氏による検地を受けた際には中之郷竹(なかのごうたけ)町と一体であった。元禄八年(一六九五)永代家作御免の町屋となり、正徳三年(一七一三)町奉行と代官の両支配となった。町域が広大であったため中之郷竹町が当町から分れ、また町内の各所が御用地として上地となり、中之郷代地町などの代地を与えられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by