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中内樸堂 なかうち ぼくどう

美術人名辞典の解説

中内樸堂

幕末・明治儒者。伊勢国津生。名は惇、字は五惇。斎藤拙堂門下中、土井聱x;牙・川北梅山と併び三傑と称される。藩学有造館の教官を務め、のち三重県中学校の教師となる。明治15年(1882)歿、61才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中内樸堂 なかうち-ぼくどう

1822-1882 幕末-明治時代の儒者。
文政5年10月生まれ。伊勢(いせ)(三重県)津藩士。斎藤拙堂にまなび,藩校有造館や伊賀(いが)上野の藩校支校崇広(しゅうこう)堂でおしえる。明治3年有造館督学参謀となる。廃藩後は中学教員や神職となった。明治15年12月30日死去。61歳。本姓は島川。名は惇。字(あざな)は五惇。別号に柳山。著作に「樸堂詩鈔」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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