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中初狩宿伝兵衛 なかはつかりじゅく でんべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中初狩宿伝兵衛 なかはつかりじゅく-でんべえ

?-1837 江戸時代後期の一揆(いっき)指導者。
甲斐(かい)(山梨県)都留(つる)郡中初狩村の農民。代々甲州街道の中初狩宿の脇本陣をつとめる。天保(てんぽう)7年米価高騰などの不満から甲斐領内でおこった打ちこわし(郡内騒動)の頭取。一揆鎮圧後,捕らえられ,天保8年1月21日獄死した。姓は小林。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中初狩宿伝兵衛
なかはつかりじゅくでんべえ
(?―1837)

江戸後期の義民。小林姓。甲州道中中初狩宿(山梨県大月市)の草分百姓で代々脇(わき)本陣。1836年(天保7)8月、甲州一揆(いっき)の際、新旧各層対立の激しかった下・中の両初狩宿を統一、総頭取下和田(しもわだ)村治左衛門(じざえもん)が中途帰村後、一揆衆の統率にあたる。このため捕らえられ36年12月4日江戸送りとなり37年1月21日牢死(ろうし)。「小林家文書」中の関係史料欠落のため死没年齢不明。夏狩村(都留(つる)市)宝鏡寺に葬られる。法名大安徹道居士。[小林利久]
『『大月市史 通史篇』(1953・大月市)』

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