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郡内騒動 ぐんないそうどう

百科事典マイペディアの解説

郡内騒動【ぐんないそうどう】

1836年甲斐国郡内地方(都留(つる)郡一帯)で始まり,甲斐一国に波及した百姓一揆。甲斐一国一揆・天保騒動ともいう。1833年以来の凶作により郡内地方では米価高騰などが深刻となり,1836年8月15日には谷村(やむら)(現山梨県都留市)の米屋打毀が起こった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐんないそうどう【郡内騒動】

1836年(天保7)8月に甲斐国で起きた大百姓一揆。郡内地方(都留(つる)郡)から発生したためこの通称があるが,当時の史料には甲斐国騒立,甲州天保騒動などと記されることが多い。1833年以来の凶作による米価高騰や,特産品である絹織物価格の暴落を直接の原因とし,36年8月21日夜に都留郡甲州道中沿いの村々の農民が犬目宿の兵助,下和田村の武七らの指導で決起笹子峠を越えて甲府盆地東部の米穀商や豪農を襲撃した。

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世界大百科事典内の郡内騒動の言及

【甲斐国】より

… 初期以来しばしば農民一揆が引き起こされているが,著名なものに1673年(延宝1)甲府家の検地による収奪強化を原因とし藩の内訌にもかかわった強訴があり,81年(天和1)郡内藩における19ヵ村代表の越訴も過酷な搾取に対する反対闘争であった。後期になると,1750年(寛延3)養蚕地帯の八代,山梨両郡惣百姓が新規運上に反対して運上請負人を打ちこわした米倉(よねぐら)騒動,92年(寛政4)田安領における反動政策と手代の不正を糾弾した54ヵ村越訴の太枡(ふとます)騒動,1836年(天保7)郡内領にはじまり甲府町方のほか国中地方の106ヵ村にわたる豪農・富商305軒を打ちこわし,甲斐国内を無政府状態と化した天保郡内騒動などがあった。 近世を通して文化面での展開にとぼしいが,崎門派の加賀美光章と蘐園(けんえん)学派の五味釜川に学んだ山県大弐は江戸に出てのち著した《柳子新論》で知られる。…

※「郡内騒動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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