中島米華(読み)なかじま べいか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中島米華」の解説

中島米華 なかじま-べいか

1801-1834 江戸時代後期の儒者
享和元年生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)佐伯(さいき)藩士広瀬淡窓(たんそう)に師事し,のち昌平黌(しょうへいこう)で古賀侗庵(どうあん)にまなぶ。文政11年帰藩して藩校四教(しこう)堂でおしえた。天保(てんぽう)5年3月15日死去。34歳。名は大賚。字(あざな)は子玉(しぎょく),如玉。通称は増太。別号に海棠窠(かいとうか)主人,古香外史。著作に「日本詠史新楽府」「愛琴堂詩鈔」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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