中川久忠(読み)なかがわ ひさただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川久忠」の解説

中川久忠 なかがわ-ひさただ

1697-1742 江戸時代中期の大名
元禄(げんろく)10年2月24日生まれ。中川久通(ひさみち)の3男。宝永7年豊後(ぶんご)(大分県)岡藩主中川家6代となる。関一楽の私塾を輔仁堂と命名し,のちの藩校由学館への道をひらいた。享保(きょうほう)の飢饉(ききん)などのため藩財政は窮乏した。寛保(かんぽう)2年10月13日死去。46歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む