中川久昭(読み)なかがわ ひさあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川久昭」の解説

中川久昭 なかがわ-ひさあき

1820-1889 幕末大名
文政3年4月4日生まれ。伊勢(いせ)津藩主藤堂高兌(たかさわ)の次男中川久教(ひさのり)の養子となり,天保(てんぽう)11年豊後(ぶんご)(大分県)岡藩主中川家12代。12年藩内の勤王派柳井藻次郎,小河一敏(おごう-かずとし)らをとおざけたが,文久3年勤王をあきらかにした。明治22年11月30日死去。70歳。幼名は茂丸。初名は高亮通称大蔵

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367日誕生日大事典 「中川久昭」の解説

中川久昭 (なかがわひさあき)

生年月日:1820年4月4日
江戸時代末期;明治時代の大名
1889年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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