中川耕山(読み)なかがわ こうざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川耕山」の解説

中川耕山 なかがわ-こうざん

1850-1899 明治時代の銅版彫刻家。
嘉永(かえい)3年生まれ。江戸で装剣金工竜眼斎寿良にまなぶ。のち梅村翠山(すいざん)に銅版術をまなび,内田正雄の「輿地(よち)誌略」の挿絵を制作。明治7年渡米して石版術をまなび,梅村とともに銅石版彫刻会社を設立した。明治32年8月18日死去。50歳。越後(えちご)(新潟県)出身通称長次郎別号に耕刀軒良孝。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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