中平窪村(読み)なかひらくぼむら

日本歴史地名大系 「中平窪村」の解説

中平窪村
なかひらくぼむら

[現在地名]いわき市平中平窪たいらなかひらくぼ平中平窪たいらなかひらくぼ細田町ほそだまち平中平窪たいらなかひらくぼ新町しんまち

夏井なつい川中流左岸にあり、西の対岸赤井あかい村、北は下小川しもおがわ村、東は上平窪村、南は下平窪村。康永三年(一三四四)四月一九日の石塔義房寄進状(飯野八幡宮文書)によれば「同郡中平窪村三田彦四郎入道跡事」が飯野いいの八幡宮に寄進されている。同様のことが同年四月二六日の相馬親胤打渡状(同文書)にもみえる。観応二年(一三五一)一一月二一日の吉良貞家寄進状(同文書)によれば「岩城郡内留守美作次郎跡事」が飯野八幡宮に寄進されており、同年一二月日の留守美作二郎跡注文(同文書)によれば、そのなかに「在家一宇 田壱段中平窪村 壱町 在家一宇岩間村内」が含まれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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