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中村史邦 なかむら ふみくに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村史邦 なかむら-ふみくに

?-? 江戸時代前期の俳人。
尾張(おわり)(愛知県)の医師で,のち京都で仙洞御所につかえた。松尾芭蕉(ばしょう)に俳諧(はいかい)をまなぶ。元禄(げんろく)6年(1693)江戸にでて根津宿之助と称し,芭蕉の没後,その作品をおさめた「芭蕉庵小文庫」を刊行。別号に五雨亭。医名は春庵。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

中村史邦

生年:生没年不詳
江戸時代の俳人。大久保荒右衛門,根津宿之助の名も伝わる。尾張犬山(愛知県)の人で,元禄期(1688~1704)に活躍した蕉門俳人。寺尾土佐守直竜の侍医で,医名は春庵。のち京に出て,御所に出仕さらに京都所司代の与力も勤めた。職を辞してより江戸に下り,諸俳人と交流。俳人としての全盛期は『猿蓑』のころであった。江戸では群小作家と交友,飛躍しえなかった。芭蕉の遺物二見文台や『嵯峨日記』などを伝来した人としても有名。編著に『芭蕉庵小文庫』(1696)がある。<参考文献>市橋鐸『史邦と魯九』

(楠元六男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の中村史邦の言及

【史邦】より

…江戸前期の俳人。生没年不詳。姓は中村,通称は荒右衛門,のち根津宿之助と称した。中村春庵を名のり,尾張犬山の寺尾直竜に医師として仕えたが,去来の手引きで上京,所司代の与力となった。1690‐91年(元禄3‐4)ころ,芭蕉に教えを受け,丈草とも会した。蕉風の古今集として呼声の高い《猿蓑》には14句もの入集をみ,91年芭蕉の帰東に際しては,二見の文台,硯箱,自画像を与えられもした。浪人して93年江戸へ移住するが,原因は仕事の上の不祥事と伝える。…

※「中村史邦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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