20世紀日本人名事典 「中沢文三郎」の解説 中沢 文三郎ナカザワ ブンザブロウ 明治・大正期のフランス語学者 生年安政7年3月13日(1860年) 没年大正13(1924)年4月31日 出生地上野国佐波郡境町(群馬県) 学歴〔年〕東京外国語学校(現・東京外国語大学)〔明治8年〕中退 経歴外国語学校でフランス語を学んだが、明治8年校長の中江兆民が辞職すると共に退校し、兆民の仏蘭西学舎に転じた。のち陸軍戸山学校、陸軍士官学校、中央幼年学校各教授を歴任し、大正6年退職。著書に「仏和大辞典」など。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中沢文三郎」の解説 中沢文三郎 なかざわ-ぶんざぶろう 1860-1924 明治-大正時代のフランス語学者。安政7年3月13日生まれ。東京外国語学校にまなぶが,明治8年中江兆民(ちょうみん)の校長辞職にしたがい中退,兆民創設の仏学塾にまなぶ。陸軍戸山学校,陸軍士官学校などの教授を歴任。大正13年4月30日死去。65歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。編著に「仏和大辞典」。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by