中津市学校跡(読み)なかつしがつこうあと

日本歴史地名大系 「中津市学校跡」の解説

中津市学校跡
なかつしがつこうあと

[現在地名]中津市中津 三ノ丁

明治四年(一八七一)旧中津藩主奥平昌邁は、福沢諭吉らのすすめによりさんノ丁の生田四郎兵衛(もと家老)宅に、中津市学校を設立した。これは「士族前途を憂慮し子弟をして有用の新知識を習得して独立自営の生計を立てしめん」ためであり(中津藩史)、学校の基金として奥平家の家禄の五分の一が充てられた。また旧士族の相互扶助を目的として設立された天保義てんぽぎ社の資金から二万円が出資されている。奥平昌邁の「中津市学校記」によると「学問ハ身ノ為ニスルヘキナリ人ノ為ニスルニアラス(中略)此度中津ニ一処ノ洋学校ヲ開キ」とあるが、この中津市学校は従来の学校とは異なる洋式英学校を目的としていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android