中瀬金山跡(読み)なかぜきんざんあと

日本歴史地名大系 「中瀬金山跡」の解説

中瀬金山跡
なかぜきんざんあと

[現在地名]関宮町吉井 中瀬

中瀬地区の南部、八木やぎ川南岸の山地一帯にあった金山。熱水鉱床で金鉱石を産出した。中瀬金山由来書写(生野書院蔵)などによると、天正元年(一五七三)に因幡国の山師によって発見され、同五年からは八木(現八鹿町)城主別所氏、同一〇年からは豊臣氏の生野奉行、慶長五年(一六〇〇)以降は幕府生野奉行(のち生野代官)の支配下にあり、慶長二年の運上は金一二七枚・銀三五〇枚を数えたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む