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佐渡金山 さどきんざん

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百科事典マイペディアの解説

佐渡金山【さどきんざん】

新潟県佐渡島の相川にある金・銀鉱山。江戸時代,直山(じきやま)と呼ばれる幕府直轄の日本最大の金山として繁栄した。《佐渡風土記》によると,1601年に鶴子(つるし)銀山(現,佐渡市佐和田)の山師が坑道を開いたのに始まるというが,慶長以前にすでに鶴子山の一坑区として稼行が始まっていたとする説が有力。
→関連項目出雲崎[町]官営鉱山佐渡島佐渡路佐渡国新潟[県]

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世界大百科事典 第2版の解説

さどきんざん【佐渡金山】

新潟県佐渡郡(佐渡国)相川町を中心とした金銀山。天文年間(1532‐55)鶴子(つるし)(現,佐和田町)で発見された銀山は,文禄(1592‐96)から慶長(1596‐1615)にかけて坑道掘りの技術の導入にともない,その中心が鶴子から相川に移った。1601年,代官となった田中清六は今までの山主(山先)による請山(1年間一山の請負)にかえて,間歩(まぶ)(坑区)ごとに短期間(文書には10日間としたものがある)を限って運上を入札させた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

佐渡金山
さどきんざん

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

佐渡金山
さどきんざん

新潟県佐渡島、佐渡市各地にある金銀山の総称。古く砂金採取が行われたころ(『今昔(こんじゃく)物語集』)佐渡金山の中心は佐渡の南部三川(みかわ)砂金山(旧、佐渡郡真野(まの)町域)にあった。やがて16世紀なかば、博多(はかた)の商人神谷寿禎(かみやじゅてい)によって灰吹(はいふき)精錬がもたらされると、鶴子(つるし)銀山(旧、佐渡郡佐和田(さわた)町域)が脚光を浴びることになった。そして、慶長(けいちょう)期(1596~1615)には相川(あいかわ)金銀山(旧、佐渡郡相川町域)の発見によって佐渡は日本最大級の金銀山となり、江戸幕府の財政に大きく貢献することとなった。それまで十数軒の村里であった羽田(はねだ)村から相川町が独立したのは1600年(慶長5)のことであるが、1603年佐渡代官となった大久保長安(ながやす)の時代に町並みは整備され、陣屋も相川に移された。元和(げんな)期(1615~1624)には米の消費高年4万5000石、推定人口3万人余の鉱山町となり、銀運上額は年8000貫目を数え、単年度としては世界産額の20%を記録するに至った。しかし寛永(かんえい)(1624~1644)の中期になりしだいに深敷(ふかしき)(坑道が深くなる)となり経費がかさみ、加うるに銀価格の下落もあって経営不振となる鉱区が多かった。元禄(げんろく)時代(1688~1704)奉行(ぶぎょう)荻原重秀(おぎわらしげひで)は海岸から大水貫(みずぬき)を掘って費用節減と増産を図った。いまに残る南沢疎水は、鉱山の歴史が湧水(ゆうすい)との闘いであったことを教える。地下水の汲上(くみあ)げにあたるのが水替人足(みずがえにんそく)であり、初めは村々に割り当てたが、1778年(安永7)以降、江戸・大坂などの無宿者を佐渡送りにして水替えに従事させた。
 幕府が滅んだのち佐渡鉱山は新政府の御料局の経営となるが、はかばかしい成果をあげることはなかった。やがて1885年(明治18)佐渡鉱山局長大島高任(たかとう)による西洋技術の導入によって大発展したが、1896年には三菱(みつびし)に払い下げられた。太平洋戦争中は銅の採掘を行ったが、1952年(昭和27)三菱は鉱山の大縮小に踏み切り、1976年には佐渡鉱山株式会社として独立。ささやかな経営を続けたのち、1989年(平成1)に閉山した。[田中圭一]
『田中圭一著『佐渡金山』(教育社歴史新書) ▽麓三郎著『佐渡金銀山史話』(1956・三菱金属鉱業)』

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世界大百科事典内の佐渡金山の言及

【相川[町]】より

…鉱山は明治になり御料局に移管され,政府は洋式工法を導入して近代化を進めた。1896年三菱鉱業に払い下げられ,1952年規模を縮小し佐渡金山株式会社が稼働採掘していたが,89年3月閉山した。新潟地方法務局相川支局,税務署,測候所が置かれ,全島の行政府の所在地である。…

【佐渡島】より

…国中平野南縁に佐渡国分寺跡(史),国府跡があり,これらに隣接して順徳上皇火葬塚(真野御陵),上皇をまつる真野宮,黒木御所跡,日蓮配流の遺跡である根本寺(塚原三昧堂,新穂(にいぼ)村)や,世阿弥の配流の地とされる正法寺(金井町)などがあって佐渡史跡観光の中核をなしている。西三川(現,真野町)の砂金,鶴子(つるし)(現,佐和田町),新穂の銀山時代を経て,17世紀初めころには相川で金銀が採掘されるようになった(佐渡金山)。金山は幕府の直営で,近世最大の金銀山となり,幕府の財源を支えた。…

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