中矢田村(読み)なかやだむら

日本歴史地名大系 「中矢田村」の解説

中矢田村
なかやだむら

[現在地名]亀岡市中矢田町

北は城地、東は古世こせ村、南は上矢田村、西は下矢田村。中世矢田庄の地。

亀山かめやま城築城で村内から人家城下に移して矢田町やだまち京町きようまちを形成。ただし京町の地は古世村分、矢田町の地は下矢田村分であった。天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」では高一七五・六六石、戸数五七、亀山藩領。五穀のほか綿・煙草・大根などをつくった。

当村は亀山城下から鍬山くわやま神社へ行く表参道にあたり、村の南端に一の鳥居・御旅所がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 千原 夕暮

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む