日本大百科全書(ニッポニカ) 「中立貨幣」の意味・わかりやすい解説
中立貨幣
ちゅうりつかへい
neutral money
古典派経済学では、「貨幣ベール観」ないし「古典派二分法」と特徴づけられるように、貨幣市場は「労働市場や財市場などの実物部門とは独立している」と考え、実物部門に対する中立性をもった貨幣を前提としている。このような貨幣のとらえ方を「中立貨幣」という。中立貨幣の考え方は20世紀に入って「フィッシャーの交換方程式」「ケンブリッジ現金残高方程式」として定式化された。この場合、貨幣は長期的には実物経済に系統的な影響を与えず、外生変数として貨幣供給の変化が物価にのみ影響を与えると考えている。ただし、短期的には、賃金率や利子率などの名目的硬直性や貨幣錯覚によって、貨幣は実物経済に対して非中立的になる。ところが、生産構造の自己調整メカニズムに信を置いていたF・A・ハイエクは、銀行が中立性を保ち、名目貨幣量を恒常化すると、貨幣政策の目標は「中立貨幣の実現」に置くべきであると考えていた。これはM・フリードマンらマネタリストの考え方に似ている。しかしハイエクは、中立貨幣が実現されれば、貨幣の管理は不要という考えであるのに対して、フリードマンの議論によると、情報の不完全性・種々のタイム・ラグにより、貨幣は実体経済に影響を与えることができるという考え方に基づいて展開されている。そのためフリードマンは、一定のルールによるにせよ「貨幣の管理を行う」ことを主張しているので、貨幣の管理に否定的なハイエクとは大きく異なるといえる。他方、「マネタリスト・マークⅡ」といわれている合理的期待仮説においては「貨幣の短期的な非中立性」も否定されることから、ハイエクの考えと同質であるように思われる。とはいえ、J・F・ミュースやR・E・ルーカスは合理的期待仮説によって貨幣の中立性を証明しているのではなく、そもそも貨幣の中立性を前提にしているという指摘もあり、ハイエクの中立貨幣とはかならずしも同じとはいえない。いずれにせよ、貨幣の中立性は長期にわたって、政策上・理論上の争点であり続けている。
[前田拓生]