中薦野村(読み)なかこものむら

日本歴史地名大系 「中薦野村」の解説

中薦野村
なかこものむら

[現在地名]菰野町菰野

東薦野(ひがしこもの)村の西に位置し、村の北側を金渓(かんだに)川が東流する。南は見性寺(けんしようじ)山(一〇〇・九メートル)の丘陵。江戸時代を通じ菰野藩領。村の東方は薦野陣屋町の一部を形成していた。天保一五年(一八四四)の戸数七七、人口は男二一四、女二二四、男のうち召抱者九、僧侶一、他二〇、職人二二(「江州石原宿より助郷差村ニ付諸事記」菰野財産区区有文書)。慶応二年(一八六六)の勢州御物成請払帳(同文書)によれば新田高三六石余がある。

寺院は黄檗宗の尼寺智福(ちふく)寺、同宗の地蔵堂、神社は堤谷(つつみだに)・ませ口(ぐち)に山神。また村の北西の地蔵(じぞう)に西薦野と立会いの山神・愛宕(あたご)社各一があった(延享四年「菰野三郷社寺書上帳」同文書)が、これらの神祠は明治四〇年(一九〇七)から四三年の間に広幡(ひろはた)神社に合祀となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む