中西子彦(読み)なかにし しげん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中西子彦」の解説

中西子彦 なかにし-しげん

1808-1869 江戸時代後期の天文家。
文化5年生まれ。中西雰岳(ふんがく)の子。家は代々天文をもって幕府につかえた。子彦も天文方をつとめ,当時異変とされていた日食,月食などを天体必然運行として解説した。明治2年1月10日死去。62歳。名は邦孚(くにさね)。通称は平太郎,のち金吾。号は観水。編著に「遠鏡図説」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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