中西耕石(読み)なかにし こうせき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中西耕石」の解説

中西耕石 なかにし-こうせき

1807-1884 江戸後期-明治時代の画家
文化4年生まれ。陶工の家に生まれ,大坂篠崎小竹(しょうちく)の門にはいる。のち京都小田海僊(かいせん)にまなぶ。山水,花鳥にすぐれ,日根対山(ひね-たいざん),前田暢堂(ちょうどう)とともに「対暢耕」とよばれた。明治17年1月9日死去。78歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。名は寿。字(あざな)は亀年。別号に竹叟。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「中西耕石」の解説

中西耕石

没年:明治17.1.9(1884)
生年:文化4(1807)
幕末明治の南画家。名は寿,字は亀年,別号を竹叟という。筑前(福岡県)の人。はじめ小田海僊の門に入り四条派を学ぶが,のち南画に転じ一家を成す。日根対山,谷口靄山と併称され,明治初期の京都の南画界を牛耳った。

(星野鈴)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む