中調子村(読み)なかぢようしむら

日本歴史地名大系 「中調子村」の解説

中調子村
なかぢようしむら

[現在地名]安佐南区佐東さとう川内中調子かわうちなかぢようし

温井ぬくい村の東に位置し、東は太田おおた川を挟んで高宮たかみや矢口やぐち小田おだの両村(現安佐北区)、北は八木やぎ村に接する。温井村と同じく自然堤防に囲まれた低湿地であったが、人工堤防の強化によって河川氾濫から守られる。「和名抄」の安芸郡河内こうち郷を当地と温井の地域にあてる説が有力であるが、地名の初見は遅く、天文一〇年(一五四一)九月二〇日付の大内義隆袖判宛行状(「譜録」所収福島九郎右衛門家文書)で、「佐東郡中庄司内五拾壱貫 五百目地」とみえ、次いで「房顕覚書」に厳島社領の一として「中小師」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む