中野間村(読み)なかのまむら

日本歴史地名大系 「中野間村」の解説

中野間村
なかのまむら

[現在地名]八千代町中野間

笠形かさがた山の南東加古川の支流野間川中流域に位置する。中世安田やすだ庄野間郷に含まれた。慶長国絵図に村名がみえ、その東に「花ノミや」が記される。「花ノミや」は「播磨国風土記託賀たか法太ほうだ里の項にみえる花波はななみ山が転訛したものという説がある。正保郷帳では田方五七六石余・畑方一二九石余、山役・鉄砲役があり、幕府領大部分は寛保二年(一七四二)に三草藩領となり幕末に至る(寛保二年「村明細帳」三草藩陣屋文書、旧高旧領取調帳など)。一部は明和六年(一七六九)に尼崎藩領となり幕末に至る(「兵庫県史」、嘉永七年「尼崎藩領郷村高辻帳」尼崎市立図書館蔵、旧高旧領取調帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む