中野間村(読み)なかのまむら

日本歴史地名大系 「中野間村」の解説

中野間村
なかのまむら

[現在地名]八千代町中野間

笠形(かさがた)山の南東、加古川の支流野間川中流域に位置する。中世は安田(やすだ)庄野間郷に含まれた。慶長国絵図に村名がみえ、その東に「花ノミや」が記される。「花ノミや」は「播磨国風土記」託賀(たか)郡法太(ほうだ)里の項にみえる花波(はななみ)山が転訛したものという説がある。正保郷帳では田方五七六石余・畑方一二九石余、山役・鉄砲役があり、幕府領。大部分は寛保二年(一七四二)に三草藩領となり幕末に至る(寛保二年「村明細帳」三草藩陣屋文書、旧高旧領取調帳など)。一部は明和六年(一七六九)に尼崎藩領となり幕末に至る(「兵庫県史」、嘉永七年「尼崎藩領郷村高辻帳」尼崎市立図書館蔵、旧高旧領取調帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む