丸山新田村(読み)まるやましんでんむら

日本歴史地名大系 「丸山新田村」の解説

丸山新田村
まるやましんでんむら

[現在地名]新潟市神山(かみやま)

東は北山(きたやま)新田村、西は山崎(やまざき)村新田に接し、北は砂丘を隔てて四ッ郷屋(よつごうや)村(現西蒲原郡巻町)。集落は砂丘地辺にあり、北国浜街道が東西に通る。慶安二年(一六四九)の赤塚村検地帳(赤塚自治連合会保管)には「丸山分下田六畝歩 くさなき免赦免次助」など当村の字名が一五筆記される。元禄郷帳では赤塚(あかつか)村枝郷とあり、高二九四石八斗余。文政四年(一八二一)の赤塚組高辻帳(大越家所蔵)では高四〇九石二斗余で、軒前数は二四・五軒前。


丸山新田村
まるやましんでんむら

[現在地名]上越市丸山新田

下新田村の東、関(せき)川左岸にあり、下箱井(しもはこい)村枝郷(元禄郷帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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